このコーナーでは、歴代のフラメンコ歌手の中でも
フラメンコの発展に寄与したり、それぞれの時代を代表した
特に重要と思われるフラメンコ歌手をご紹介します。
ニーニャ・デ・ロス・ペイネス 1890年生まれ
ドン・アントニオ・チャコンの弟子、ラ・ニーニャ・デ・ロス・ペイネス、
本名パストーラ・パボン(Pastora Pavon)は、1890年セビージャで生まれ、
1969年同じセビージャでなくなりました。
彼女の家は、セビージャの中心地アラメダ地区にありました。
私の師匠のカリスト・サンチェスが子供だった1960年代、
毎朝、アルカラからのバスを降りて学校まで歩く間に彼女の家のそばを通るので、
その頃にはすでに引退していたパストーラおばあちゃんに挨拶に通ったんだそう。
にこやかに挨拶を返してくれるパストーラ♪
幼いころからカンテファンだったカリストには、楽しみな習慣だったんですね。
パストーラも、まだ10歳の頃から歌手として活動していました。
パストーラがまだ若いころ、女性の歌手は男性歌手と違い、
軽いカンテしか歌わせて貰えないことが多かったのですが、
彼女のカンテのレベルが素晴らしかったこともあって認められ、
女性としての本格的なフラメンコ歌手第1号だとも言われています。
ちなみに、バンベーラはもともとは民謡だった歌を、
彼女がフラメンコのレパートリーに加えたと言われているんですよ。
彼女のCDは日本語版も発売されているので、
日本でも持っている人が多いのではないでしょうか。
5年ほど前には、彼女の全集BOXも発売されています。
今回は、彼女の最大のヒット曲、アル・グルグ(タンゴ)をご紹介しましょう。
マラガやグラナダなどと違う、少しのったりとした
いかにもセビージャらしい乗りをお楽しみください。
2014年6月16日筆 Naranjita